他人の評価はあてにならない

4つの星

SNSのフォロワーやイイねの数でマウンティングしてくる人って間抜けですよね。

承認欲求に振り回されている人に言いたいのは、「他人の評価なんてあてにならないよ」ということです。

私はネットゲームで出会った濃ゆい人たちからそれを学びました。

 評価軸は一つではない

学生時代は成績や運動神経の良さで評価されてきました。

社会に出れば学歴や年収がステータスになります。

ネットならSNSのフォロワー数やPVが自慢のタネです。

なかでも資本主義において絶対的な価値を持つのが「お金」。

お金を稼ぐことが立派な人間の証明であるかのように考えられています。

でも、それ以外の評価軸もあるんです。本当は。

私にも一日中ネットゲームに明け暮れるという、典型的なひきこもり生活をしていた時期がありました。

ネットゲームでも幅を利かせているのは、一月に何十万もガチャにつぎ込む廃課金。

やっぱりお金がものを言う世界で、無課金ユーザーの私は鼻も引っ掛けてもらえませんでした。

ところが、ある日のチャットを境に状況が一変しました。

昔遊んでいたゲームの話になって、私があるゲームのボスキャラを倒したことを話しました。

すると、今まで私なんて眼中にもなかったであろう課金者が、

「え、あの◯◯を倒したの?私は何度やっても倒せなかった」

と食いついてきました。

ものすごく強くはないけれど、ちょっと癖のある敵で、倒すにはコツが必要です。

私が倒し方を教えると、えらく関心した様子でした。

それからはことあるごとに「ヒキコちゃんはあの〇〇を倒した人だから」と一目置かれるようになったんです。

何気ない会話から、雑魚が英雄に変わりました。

ゲーマーにとって何より価値があるのは「ゲームが強い」ということだったんです。

学歴があっても、お金があっても、ゲームが弱い奴はダサい。

何も持ってなくても、ゲームが強い奴はカッコ良い。

そういう価値観があることを初めて知りました。

私が思うカッコ良さ

私にも世の中の価値観とは違う評価軸があります。

片手で卵を割れる人はカッコ良い。

料理番組で片手で卵を割る芸能人を見ると、それだけで尊敬の眼差しに変わります。

レジで手際よくお札を数える店員さんもカッコ良いし、焼き魚をきれいに食べる人もカッコ良い。

どれも私にはできない事ばかりです。

学歴があることやお金を稼ぐことが特別だとは思いません。

生きづらさを感じている人は、環境を変えてみたほうがいいかもしれないですよ。

声優の声を聞き分けられるとか、イントロだけで曲名を当てられるとか、自分ではなんとも思わないスキルが他の誰かにとっては非常に価値のあることだったりするんです。

認めてもらわなくてもよい

極めつけは「認めてもらうことに意味はあるのか」ということです。

なぜ人に認めてほしいのか、考えてみたことがありますか。

「認められる」ってすごく受動的ですよね。

あなたの世界ではあなたが王様であり、評価を下すのはあなた自身です。

なんで人の顔色を窺わなければならないの?

その動きがすでにダサい。

私も落ち込む時はあるけど、それは他人に何か言われたからじゃないですよ。

褒められても落ち込む時は落ち込みます。

なぜなら、私の中の神様がそれを許さないからです。

1,000円のワインと10万円のワインの違いがわかる人は多くないでしょう。

値段が高いから価値があると思っているだけ。

いちいち真に受けていたら身が持たないですよ。

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